プロローグ
主な登場人物
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(猿田彦大神)
男の天照。外見も性格も男前。
富士山太郎坊
鳥の一族の長である猿田彦に仕える天狗のエリート。高飛車だが、打ち解けた相手にはとても優しい。
鞍馬天狗
鳥の一族の長である猿田彦に仕える天狗のエリート。太郎坊よりは物腰が柔らかいが、愛想は太郎坊よりなかったりする。

 無の中に108以上の宇宙が浮かぶ世界。そのうちのひとつ、天火明命が別天神5人からの命により生み出した宇宙は最も過ちの多き宇宙と呼ばれてはいたが、別天神はその過ちをより良い形で克服した先に希望があると信じていた――


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 そのもっとも過ちの多き宇宙の名前は『櫛玉』。
 その宇宙空間を生身で――もっとも神は肉の体ではないのだが――漂いつつ、男の天照は命題を抱えて宇宙に点在する命たちを見つめていた。
 その両隣に二つの影。人の形をしているが、大きく黒い翼を備えている男二人。
 彼らは天狗と呼ばれている。
『――――最も新しき素戔男は誰だ?』
 白に黄金の唐草模様をあしらった服を着た男、天火明命はそうごちて、46億年前に自分が八握の光で照らし作り上げた星を見つめた。



 と、その時。彼の隣にいるふたりの天狗のうち、髪の短い方が彼に告げる。
「猿田彦様。風星に期待できることはもう何もありません。3億2千万年前の空星のように、崩しの球により分裂し爆発するのも時間の問題かと……。地球とはよく言ったものです。まさにあれば、地獄の球」
「……すでに2回星丸ごと核爆発したからな。時間を巻き戻して目の前の青い星を原始時代まで遡行させたのを2回やったのは他でもない、わたしだ。昨日の事のように憶えているさ……太郎坊」
 苦笑いと共に、天火明命。太郎坊と呼ばれた青年の姿をした天狗は少し下がり、
「そうでした……頭領。余計な事を口走って申し訳ありませぬ」
「いや、構わん。気持ちは分かるしな……何回撒き戻しても彼らが自然を破壊し、星を爆発させる様を目の当たりにしたんだ。我ら八百万の神々は。
 わたしがシュメールの上空からソドムとゴモラに滅びの光を落としたように、人は自分の星に滅びの光を落とした。2回もだ。その度にわたしが時間を巻き戻した」
「はっ……。初代スメラミコトかつ初代スサの王である頭領のお気持ち、お察しいたします」
 少し悲しみとも愛おしさともつかぬ色を瞳に混ぜ、地球を見つめながら天火明命は続ける。
「でもな、太郎坊。今度はいけるって信じてみたいのだよ。カムナガラを歩んでくれると、霊主体従の信念を腹の内に宿してくれると」
 そこで、もう一人の天狗――女のごとく髪の長い男が天火明命に声をかける。
「しかし、また八岐大蛇と九尾の狐とキクロプスが人の心に悪を植え付けるかもしれません……もしかして頭領が直接オロチを斬るおつもりで? 167万年前のように」
「いいや、鞍馬。この度はその必要はないやもしれん」
「と、いいますと……?」
「闇霎殿がな。なかなか面白い動きをしている」
「闇霎殿……ですか」
「ああ」

 そこで今度は太郎坊が口をはさむ。
「何度も何度もスメラミコトに推薦されましたが、ついに一度もその座に就くことなく、影に徹した黒竜神ですな。3億2千年前よりずっと、ずっと推薦され続けてきたのに」
「そうだ」
「野心を持たぬ女の竜神としか思えませぬが。今どう動くのやら」
「野心じゃないさ。彼女が動く理由は」
「…………」
「わかっているだろう、太郎坊? 君も闇霎殿とは結構話しているみたいだし」
「まあ、予想はつきますが」
「うむ」
 そこで、天火明命は地球から目を離し、明後日の方向にある銀河をみやった――
 そこには彼が自らの手で3億年前に作り上げた銀河と星――火明星(ほあかりぼし)がある。
「彼女の息子がな。色々と真実を知った上で最近彼女と再会したらしいのだ。火明星のヴァーレンス王国で」
「ほう?」
「闇霎の巫女もヴァーレンスに、その巫女と親友の、わたしと同質の光の力を使う女サムライもヴァーレンスに、草野姫とその配下の妖怪たちもヴァーレンスに、極めつけはあの木花咲耶姫の懐刀までもヴァーレンスに集結しているらしいぞ。太郎坊?」
「…………星間戦争でもおっぱじめても不思議ではない集まり方ですね。その部分だけ聞くと」
 と、肩をすくめながら太郎坊。天火明命も彼の真似をして肩をすくめつつ、
「まあな。だがそうではない。みな闇霎殿の息子に引かれて集まった。そんな感じだ」
「ぬう」
「興味が湧いたか、太郎坊?」
 と、鞍馬天狗が太郎坊に軽くにやつきながら聞く。太郎坊は、苦笑いしつつ、
「私もそうだが、なにより頭領がそうだろう。目を見ればわかる」
「そうだな。頭領のあの目はわかりやすい」
 そして、やや真顔に戻り、太郎坊は天火明命に聞いた。
「彼は、最も新しき素戔男になれますかね。天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊よ」
 それを聞き、笑みをひっこめ真っ直ぐ火明星を見やりながら彼は口を開いた。
「わからない。それが正直なところだが……闇霎殿の因子を受け継いでいるなら可能性はある。この宇宙をわたしが生み出してから今まで、彼女はずっと影に徹してきたんだぞ?
 それがどういうことかわかるか? 他のほぼ全ての八百万の神々の総力をもってしても、彼女を表舞台に晒させる事ができなかったということだ。100億年以上な。
 わたしに匹敵する程、いやわたしの個人的感情で言わせてもらうなら、わたし以上の潜在能力をもって100億年以上もわたしや瀬織津姫を支えてくれた彼女だぞ?
 ましてや、闇霎殿の息子にも闇霎の巫女にも、両方黒竜変身できる程の竜気力の覚醒が見られる。期待するなという方が無理だぜ、太郎坊」
「……そうですね、頭領。我ら鳥の一族とは少々趣が違いますが、竜の神髄は力でなく、包み込む愛情。それを自覚しているならば、あるいは、星をも――」
 太郎坊は天火明命と同じ方向を向いて――火明星を見つめてそうごちた。


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 この宇宙が生まれて137億年。
 多くの悪に蝕まれながらも、彼ら3人が浮かぶ近くにある風星――地球は、すがすがしい程に青かった。