狼に別れを告げ、半竜は富国強兵を斬りに行く

主な登場人物
水鏡冬華
 神世七代王朝日本時から黒竜神・闇霎に気に入られていた水鏡一族の最後の生き残り。闇霎の巫女。


 幕末に維新志士に村を襲われ一族を皆殺しにされ、自身も瀕死に追い込まれるが、通りかかった人間変身時の闇霎に助けられ、彼女の竜の因子を混ぜられ半竜神となる。
 半分だけ竜神とはいえ体のどの部分、どの内臓が次元消滅しようがお構いなしに超速再生、瞬間再生できるなど生理学的にはもはや完全に人間を卒業してしまったので、実質不老不死の女。
 しかし無敵には程遠い。殺されないだけで実力が上の者には普通に負ける。


永倉とは維新前は一度しか話したことがないが、明治になってからはしばしば交流がある。
  永倉新八
 幕末の世を生き抜いた新選組二番隊組長。今も自分が新選組として殿を守るために剣を振るったことを誇りに思っている。

 永倉宅にちょいと現れた美男子。
 水鏡冬華が見たとたんにかしこまるだけに、只者ではない事は伺える。

「水鏡の巫女さん。あんたは本当にいつになってもべっぴんさんだなぁ。
 俺や嫁はさすがにしわしわのじーさんばーさんになっちまったが、あんたは幕末に初めて会った時そのままの姿でこの明治の世を生きとる。面白いのぉ」
 茶をしばきながらそんな事を漏らし、豪胆な笑顔を見せる年を重ねた男。以前永倉新八と名乗っていた男だ。元新選組二番隊組長で、数々の激戦を潜り抜けてきた壬生の狼である。
 西暦1910年。彼は今北海道の小樽に居を構え、今を生きる人たちに剣術指南をしつつ文明開化のなされた日本の世を満喫していた。
「相変わらずお世辞がうまいですね、永倉さん――あ、つい初めて会った時の名で……ごめんなさい杉村さん」
「ええよええよ! 今でも昔の俺知っとる連中は永倉言うから気にもしてないわ。はっはっは!」
「相変わらず豪快なお方で……ふふ」
 困ったように笑う、紅白の衣――巫女装束の女。
「それにしても、幕末からだいぶ経った今でも覇気は衰えませんね。安心しました」
「なんじゃ、そんなことで安心するんかい! こりゃまた経済的じゃのう! 俺が生きている限り、自動的にあんたの精神安定剤としての効能もあるっちゅうわけじゃ。ははははは!」
 陰りのない笑顔をまっすぐ向ける彼に、冬華も少しあきれたような笑みを返した。
「ふふふ……愉快な人。じゃあもっともっと長く生きて、末永くわたしたち下の世代の精神安定をしてあげてくださいね」
「おう、任せとけ!」
 明るく答えて、残りの茶を飲み干す男。そんな彼を見ながら、彼女は次の話題を切り出した。


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「永倉さん。最近お気に入りの映画などはありますか? 今でもよく観に行ってらっしゃるようですが」
 彼はんん~、と少々うなった後に
「そうだな。題名は忘れたんじゃがのお……あれ、あれ! 日本武尊と出雲健が斬りあっとったあれじゃ。
 神話の話! いやあなんだっけ。古事記か日本書紀か。まぁそんな感じだ!」
 そんな彼の返答に、冬華は首を傾げ、少し思索にふけるようにしながら言葉を返す。
「オウスくんと出雲さんの戦い……まさか地上での生の後の天の上のあの再戦じゃないわよね。
 となると、五十鈴川で出雲さんがオウスくんにだまし討ちされたアレか……あれは正直くだらない戦いだったわね。剣客としてのわたしの見解でも」
 その言葉で、永倉の方も首をややかしげる。
「五十鈴川? それ伊勢の国じゃろ? 出雲王国てあの映画じゃ島根県の方とか言っとったぞ?」
「あぁ……、それ偽物の歴史の方ですよ永倉さん。持統天皇、藤原氏、中臣氏がねつ造した方の」
 頭の上で人差し指をクルクルと回しながら、冬華。
 無意識に出た男の天照と瀬織津姫を抹殺しようとしたまつろわぬもの達への怒りが、彼女にそんな仕草をさせているのだろう。
「ほぉ……。俺は座学の方はさっぱりでのお! もっぱら実技専門じゃ! 今でも大学で教えとるが、やっぱ体動かさんと気分よくならんわ。ははは!」
「ふふふ……まぁ、人には向き不向きがありますから。
 で、その内容ならおそらくオウス君が伊吹山で闇霎様と瀬織津姫様にふたりがかりで――」
「――いや、ごめん。話の途中に口挟んで悪いけど先に言わせてくれ冬華くんよ!」
「はい?」
 竹を割るような切れ味の鋭い話の斬り方に、思わず冬華は目を少し見開いて聞き返す声を上げた。
 そんな彼女をよそに、永倉は質問を真っ直ぐぶつける。
「前から思っとったんじゃけど、アンタ日本武尊のことオウス君オウス君てものすごい身近な人物みたいに言うけれど、しょっちゅう会っとるんか?
 いや日本武尊て1600年くらい前にすでに死んどるよなぁ?」
「…………」
 そんな彼の疑問符が浮かんだ顔を見て、冬華はしばし逡巡し、黙って彼の顔を見た。
 霊力が八百万の神々クラスに差し掛かってもいない、まだ地上にいる普通の者にどこまで話してよいものやら。そんな言葉が彼女の頭をふよふよ回る。
(わたし、基本口が重い口が重いよく言われるタイプ……だと自分では思っているけれど、そんな軽口じゃないわよね……?
 軽口っつったら、あの妖力だけは今の半竜神になっているわたしの霊気よりも遥かに上だけど、口は凧よりも軽く空に上がる能天気春女の方だし)
 さりげに親友の桃色の十二単を着た妖怪雪女の突然変異を胸の中でけなしつつ、声には出さずごちる冬華。
 そんな彼女に、彼からの追撃がかかる。
「何口をへの字に曲げて髪いじって悩んどるんじゃ。冬華くん」
「は!?」
「いやいや。無意識にやっとったんかい」
「え? いや、すみません……はしたないところを」
「ええてええて! あんま品行方正すぎる態度も息詰まるじゃろ! ちょっとくらい砕けた態度も出したらええ!」
 そんな彼の言葉に苦笑いを漏らす冬華。そして彼は先ほどの質問を繰り返してくる。
「で、おぬしは日本武尊と知り合いなんか? ……もしかしたら、常世で夫婦の契りでも?」
「ふふ、まさか。まずわたしはオウス君みたいな男は夫婦になる相手としては好みじゃないし。性格気に入らないところがそこそこあんのよねオウス君。生意気が過ぎるし」
「……おぬしはさりげにきついのう。それに生意気なのはおぬしも同類じゃぞ冬華くん。むしろ冬華くんほど生意気な女もそうそういないだろ」
「……え?」
「いやいや、俺は生意気な女も好みじゃからええんだがの。気にすんな」
「はい。で、う~ん……むしろ出雲さんのがいいかな。でも、未来に……」
「……?」
「――いえ。この先は伏せておきます。未来の事なので……。20世紀、21世紀の事かな。闇霎様のあのセリフだと」
 それを聞くと、今度は永倉の方が口をへの字に曲げた。
「なんかずるいのう。天の上の者は俺らより色々知っとるそぶりで」
「……お気持ちはわかりますが。仕方ないことです。
 それが人を超えた者と人として生きる者の情報領域の差ですから。わたしとて、闇霎様に比べたらまだまだ無知ですよ」
「ずるいのー」
「ま、まぁ生涯現役の剣豪がそんな拗ねないでください。ちゃんと質問には答えますから」
 再び苦笑いを漏らす冬華。少々上に目線を向けて、今雲の上で春女に剣術でしごかれているであろうオウス君を見るような心持ちで、
「端的に言いますとオウスくんは仲間です。単なる知り合いよりは深いですが、別に恋愛関係ではありません。
 わたしにその気がないのは今言った通りですし、何より彼は今でも瀬織津姫さまに食べられた弟橘姫を一番に愛しているから……。
 天に昇った今、もう再婚はしないでしょうね。ただ……」
 先ほどの陽気さを潜め、鋭い眼光で冬華を見る永倉。その視線を真っ向から受け止めつつ、彼女はその眼力に押されるように、
「……ただ、今一度オウス君が瀬織津姫様、天火明命、それに闇霎様に牙をむくようならば――
 ――その時は神が動く前にわたしが彼を殺すでしょうね。体の死ではなく、魂の死を、永遠の消滅をくれてやることになるでしょう」
「おぬし、普段はタレ気味の目という事もあってかなり優しい雰囲気じゃが、こういう時はものすごい恐ろしい目をするのう。それが竜の目か?」
「…………」
 何も答えず、彼を見つめ続ける冬華。半竜神の彼女とそんな睨み合いをしばし続けたあと、永倉は
「……つまり、俺もこれから文字通り伝説の神話級の剣客と斬り合える機会はあるわけだ。そうだろう冬華くん?」


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「性格から予想はついていましたが、結局それが目的なんですね……永倉さん。バトルマニアですかアンタ」
 思わず呆れている態度を隠すことも忘れ、冬華はそうごちた。永倉は横文字に慣れない様子で、
「バトルマニアてなんじゃいな。今の世でも横文字はまだ慣れんのじゃ俺は」
「せんとーきょーって意味ですよ。戦闘狂。誰かを守るとかそういうのよりも、まず強いものに会いに行くのを最優先するタイプの男です!」
 手の甲を向けて、ひらひらと振る冬華。手に負えないわよっていう意味の彼女のサインだ。
「まぁ、正直永倉さんの龍飛剣は習得したいと思わないでもないですが……」
「教えてやるよ?――実戦でな!」
「そう来ると思いましたよ……遠慮します。腰痛めているあなたと切り結んだとあれば、あなたの奥さんと子供さんに怒られますからわたしが」
「怒りゃせんて! 大丈夫大丈夫! ちょっとだけな!」
「遠慮しますってば! 新撰組最強のあなたでも奥さんと子供には弱いんでしょ!? 絶対わたしも怒られるわよ……」
 語気をやや強くして断りの言葉を出した後、冬華は思わずそれとなく闇霎から禁止されている――幸せが逃げるからと――ため息をついてしまった。
「あなたって人は……本当に剣術一筋の人生なんですね」
「今頃気づきおったか。遅いわ! はっはっはっは!」
「うふふ…………」


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「――で。冬華くんはこれからどうするんだ?」
 それから1時間以上話をつづけた後、永倉は竜神の巫女にそう尋ねた。
 彼女は、やはり色々と逡巡した顔を浮かべながら、
「難しいですね」
 そうごちた。
「何がじゃ? 今後の予定決まっとらんのか?」
「いえ……これからすることは決まっているのですが……」
「じゃあ何に迷っとるんじゃお前さんは。面白い女じゃのう! すること決まってるならまっすぐ突き進めば良いのに!」
 そんな彼のセリフを聞いた途端、彼女は思わず笑みをこぼした。
「あなたは、今でもまるで少年のようですね。永倉さん。いつもいつまでも真っすぐ」
「それが俺じゃからの。はっはっは!」
「うふふ……」
 ひとしきり笑いあってから、永倉は改めて聞き直した。
「で、どうするんだ?」
「そんなに興味がおありですか? わたしたちがすることに」
「……単独で動くわけじゃないんじゃのう」
「そうですね。基本神の使命を受けている状態ですので」
 冬華は、自分の横髪を指にくるくる巻きつけていじりながら、迷いつつも口に出し始めた。
「まずはニコラ・テスラに会いに行きます」
「にこ…てす? なんじゃそら?」
「発明家ですよ。エジソンなんかよりアインシュタインなんかよりもずっと凄まじい稀代の発明家です。火星生まれで今地球にいる彼は、地上にいながら我ら天の者と同質の意識は物質や確立に影響を与える――つまり量子を操る力を自由に使いこなし、古典物理を足蹴にするかのように現実の存在の確率を操作することにより――」
「あーあーわかった! いや全然分からん! 俺の超~苦手な分野だなそれは! そこは流してくれていい!」
「そ、そうですか……わかりました」
「とにかくなんか南蛮人の発明家に会うっちゅーことだな。会ってどうするんじゃい?」
「ABCDEFを悪用されないようにと対策を促しに行きます」
「えーびー…なに?」
 混乱した様子の永倉をとりあえずそのままにして、冬華は
「今の時点ではABC兵器と言われています。Aは原爆です。アインシュタインがそれの開発のきっかけの一端を担います。いや、彼自身は原爆には反対なのですが、可能性を皆に見せてしまったという点では完全な無関係ではありませんね……。
 Bは生物兵器。Cは化学兵器。ばけがくの方ですね。
 それに21世紀になるとD――デジタル兵器。E――ニコラテスラを暗殺した者が彼の発明を悪用した未来の結果の気象兵器、人工台風人工地震など。Fは……」
「ちんぷんかんぷんじゃ……」
 そんな様子の永倉を見て、水鏡は苦笑いを漏らした。
「あ~……まぁ、未来に出てくる悪魔の兵器の開発を阻止しに行くって事です。
 環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約が、え~っと……今から67年後、ベトナム戦争後の1977年に結ばれるのですが――――
 あぁ、思い出した。環境改変兵器禁止条約です。ベトナム戦争後にこれが結ばれます。
 いや、67年も未来の話に対して思い出したってなんか不思議な表現な気が我ながらするんだけれど。未来を思い出したって。
 ――ともあれ、人口削減アジェンダを推し進める鷲鼻のトカゲ人間レプティリアンどもは、条約を無視して21世紀でもニコラテスラの気象兵器を使い続けていますし……。
 阻止できるかどうかもわかりませんが……」
「竜神の巫女にできないわけないじゃろ。お前さん俺の目の前で神通力何度も見せただろ。お前はその気になればこの星そのものも一撃で消し飛ばせるだろうに、あの感じだと」
「能力のあるなしではなくて、世を神の手により操作しすぎないように、できるだけ下界の人の自主性を信じてやんわりと良い方向に修正できないかという事です」
「なんか色々と難しい制約があるようじゃの。神に仕える天人とやらも」
「大変ですよ? あまり破りすぎると神本神にボコられますからね」
「へぇ? むしろ直接対決するためにわざと粗相をしてみたいのう」
「怖いもの知らずですね……」
 冬華は、彼の豪胆さに何度目かの苦笑いを漏らした。


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「ともあれ、これから世界も日本もどんどん間違った方向に進んでいきます。
 恐ろしい世界大戦がもうすぐ2回も起こります。
 21世紀には3回目も起こっていましたね。この前見てきたら」
「俺も参戦できればいいんじゃがのう」
 永倉がそういうと、冬華はゆっくりと首を横に振った。
「それは永倉さんの役割ではありません。あなたは学校で若者を良き心を持つように育てる事に尽力してください。
 決して富国強兵などという邪悪に惑わされないように……」
「ああ。それはわかった。任せておけ。
 でも俺自身も参戦したいのう……」
「そんなに力試ししたいなら、死んだ後で出雲さんと手合わせできるように、それとなく交渉しておいても良いですよ?」
「本当か!? ていうかお前さんじゃなくて出雲健か?」
「はい。どうせ戦うなら最強とが良いでしょう? 出雲さんはわたしよりもずっと強いです。
 神通力も全力で使った時のわたしでも、出雲さんには逆立ちしても勝てませんから」
「日本武尊に島根――じゃなくて冬華くんの話だと伊勢の国の五十鈴川か――で一撃で斬り殺されたのに、竜神であるお前よりもはるかに強いのか出雲健は?」
「あれは出雲さんのお人好しが暴走した結果です。ちゃんと斬り合いしていれば一撃で真っ二つになっていたのはオウス君よ。間違いなくね。
 お人好しを適度に制御できるようになった今の彼は、八百万の神々のほぼ全員を瞬殺できるほどの実力を見せつけています。わたしたちに。
 男の天照様に
 『出雲健は出会った時から完璧だったよ。太陽神から見てもな』
 とまで言わせた男は出雲さん彼ひとりしか見たことないわね……」
「ふうん。冬華くんみたいな竜神でも子供扱いされるほどの出雲王国最後の王と剣術勝負か……。それは楽しみじゃのう……」
 狼の目をしている。
 彼の目を見て、冬華がそう思った、その刹那――――


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「水鏡の女。結構下界に情報を流しすぎたのではないか?」
 部屋の入り口から、そんな男の声が聞こえてきた。
 聞き覚えがある声だ。いやこの声は覚えがあるどころではない――
 そう思い、ハッと振り返った冬華の目には、白を基調として唐草模様の施された服に身を包んだ清潔な男が映った。
「うっっっ――ウガヤ様!?
 もっ申し訳ございません……わたし口が重いと思っておりましたが、つい……」
 そう漏らし、思わずその場で土下座する冬華。
「誰じゃいなこのにーちゃんは!」
「お前さん。冬華ちゃんのご友人というので通したんですよ。でも見る限り、単なる友人って雰囲気でもない感じねえ」
 土下座している冬華の後頭部を見ながら永倉の妻がそうこぼすが、ウガヤと呼ばれた男はマイペースな感じで冬華を見つめている。
「そうかしこまることもないぞ水鏡の女。それは合理的ではないな」
「おいにーちゃん、お前まずはちゃんと名乗ったらどうだ?」
 ややきつい目つきで、永倉。どうやら彼の姿が傲慢に映ったらしい。
「我らは自ら名乗って権威を見せつけることはルールで禁止しているのだ。我が父である男の天照――天火明命が3億2千万年前にそう決めた。邪神以外は全員この縛りを守っている。
 悪の神が名乗りまくって権威主義バリバリでくさいのとは対照的だな、と自らを評しておこうか。合理的だな」
「いけすかんにーちゃんじゃのう!」
 正直な感想をまっすぐぶつける永倉。そんな彼に、冬華は、
「あの、永倉さん! 彼とは死んだ後で否が応にも一度相対して審判の時を迎えるので、その時まで完全な正体は我慢――」
「いいや! まずはこの場での無礼を詫び――」
「ウガヤ?――って、天津日高日子波限建鵜草葺不合命? もしかして……この男前なお兄さんが……?」
 永倉の妻が、そんなことを口にする。それを耳にして、永倉はいささか混乱した様子を見せる。
「な……んんん!? なんじゃそれは。それ名前か? 呪文みたいな名前じゃのう! どこが名字でどこが名前なのかすらわからんぞ!? 映画俳優か?」
「ある意味映画俳優かもな」
 永倉の言葉に無意味に乗ってみるウガヤ。そんな彼を、冬華は呆れた顔で見上げた。
「ウガヤ様……あなたって人は」
「ふっ。それでだ、水鏡の女。ご歓談の所悪いが、妖怪春女がお前を呼んでいるぞ。行ってこい」
「能天気春女が? ていうか聖上をメッセンジャーにするとか、どこまで無礼なのあの子は……!?」
 さらに自分の表情を呆れた感じに崩して、冬華がやや首をかしげつつその感情を漏らす。
「このにーちゃんも十分無礼じゃがな」
「いやあの、永倉さん。それはわたしの顔に免じてどうか許していただけると……」
「えらい弱腰じゃのういつも強気なお前が。このにーちゃんがくらおかみなのか? お前の上司の竜神の」
「竜神てとこは合ってますが、直接の上司じゃないですね……そもそも闇霎様は女だし」
「闇霎という時点で女だとわかりそうなものだが。今の下界はわたしが開発して貴様らに与えてやった言語というツールもだいぶ劣化しているのか?」
「お前が開発したとかずいぶん偉そうじゃのうにーちゃんよ?」
「あの、だから、ケンカはやめてくださいホント……」
 ちょっと泣きそうな顔で、冬華がそう訴える。
「ふむ。水鏡の女の涙に免じてここはもう少し柔らかくなってやろう」
「冬華くんの涙に免じて引いてやるわい」
「泣いてませんよ!? ちょっと泣きたい気分にはなりましたけれども!」
 ふたりに抗議の声をあげるが、ふたりともあまり聞いている感じではなさそうだった。
「ふふふふ…………!」
 そしてその様子を見て、永倉の妻は思わず笑いをこぼした。


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「では、わたしはこれにて。お茶美味しかったです、ありがとう永倉さん」
 別れの言葉を告げ、冬華は踵を返そうとした。そんな彼女に、永倉は言葉をかける。
「剣だけでは示せない強さ。その強さで未来の災厄を斬りに行くんだろう? 冬華くん」
「……お話し、ちゃんと把握してるじゃありませんか」
 やや驚いた表情で、冬華がこぼす。
「ニコラなんちゃらがどーとかアインシュタインとかは全く分からんかったがの。
 それでも一番伝えたい大事なことくらいは分かる。座学は苦手っつっても、あまり舐めるなよ?」
「……ふふ。はい、わかりました」
 そう言ってほほ笑む冬華に、永倉はさらに言葉を投げかける。
「昔、幕末の京都でな。
 『本当の剣の神髄は、それを以って目に見えぬ不幸の種そのものを斬り、不幸が発生する事自体を防ぐ、目には見えない作業そのものの事だよ』
 と俺に言った剣客がおったんじゃ。
 その当時の俺は幕末という状況に加えて、俺自身今よりずっと血気早い所もあったせいか
 『そんなもんはただのタワゴト、夢物語だろうが。
  実際に維新志士を刀で斬らねえと、幕府側のこっちが殺されて終わりだろうがよ!』
 って言って突っぱねたんだが、最近の国内外の動きを見てると、俺に剣の神髄を語ったあの男の言う事は正しいんじゃねぇかって最近俺はそう思ってる。
 ……だがなぁ、お前さんが言っていたことが本当だとすると、辛い道のりになるな」
「……そうですね。かなり辛い経験もすると思います。幕末のように」
「天に昇ってのんびり見ていればいいんじゃないか? お前さんはもう地上の生き物ではないのだから。
 竜神は地を這うものではないのだから」
 そんな永倉の言葉に、冬華は感傷的な微笑みを漏らして首を横に振った。
 過去に起こった幕末の悲劇、別れ、砕かれた愛――
 それと共に、竜神闇霎から知らされた未来――未来に生まれ、育まれると伝えられた愛、喜びが彼女の中でないまぜになり、複雑な表情を形作る。
「……それが楽だと思います。でも、愛や情けがそうさせてはくれません。
 見知った人が苦しんでいる姿を見て放ってはおけません。神の側の下界干渉に関する制約があろうとも、です」
「…………そうか。じゃあ最後にこの言葉を送っておく。
 どんな未来になるか分からんが。
 目の前が真っ暗になった時は、がむしゃらに暴れてみろ。
 一見無駄で空回りだと思ったそのがむしゃらが、実は未来の突破口になる」
「……さすが『がむしん』の言うことは説得力がありますね!」
「はっはっは!」
「……それでは、さようなら。永倉さん」
 もう会う事を期待しないような表情で、冬華は別れを告げる。
 彼女はこれから海を越えて、哀れなインディアン達が(少なくともインディアン自身にとっては)悪魔な所業を行った白い二足歩行の生き物どもに奪われた広大な土地に赴き、ニコラ・テスラのテスラコイルや気象兵器の悪魔崇拝者たちによる悪用を防ぐため未来へのくさびを打ちに行くし……、半分とはいえ竜神である彼女と違って、永倉新八は不老不死の生き物ではない。
(たぶん、これが永倉さんの顔をこの目で見る、最後の光景かしらね)
 そんな気持ちを、口には出さないだけで冬華は隠しはしなかった。
 そんな彼女の気持ちを彼が察したかどうかは、彼女自身には分からなかったが、
「ああ。さようなら……竜神の巫女よ」
 永倉も彼女に別れを告げる。
 ――が、いきなり彼女はハッ! と思いだしたような顔をすると、
「……あ。最後に一つ。奥さんから聞きましたが、虫歯を早く歯医者さんに行って治してくださいね! 舐めてると結構苦しみますよ!」
「んなっ!? そ、そんなことはお前さんが気にする事じゃないわ! まったく、竜は虫歯の心配もなさそうでええのう……!」
「うふふ……」
 微笑みとともに、彼女は彼のもとを去った。


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「……気持ちのいい男だったな。わたしには風当たりが強かったが」
「今でも少年のような心を持った方ですよ。ていうかウガヤ様のいつもの態度は、彼のような性格とはうまが合わないんですよ」
 苦笑いとともに答える冬華。
 そんな彼女の眼前に、春をイメージした十二単を着た、桃色の髪桃色の目の女が見えた。木にもたれかかって暇そうにしている。
 ――が、彼と彼女を目に入れた途端、彼女はハッとして大きく手を振り始めた。
「春女が呼んでいるぞ。いくか、水鏡の女」
「はい、ウガヤ様――――わろき未来を切り裂きに。まともな未来を育みに」
「そうだ。良き心で、未来を照らそう――天照のように」
「はい!」